秋と遊戯と私の記憶
乙一『夏と花火と私の死体』の二次創作です。
弥生ちゃんと健君と遊ぶわたし。言い出せないトイレ。かくれんぼが始まる。
ずっと世界を見下ろし続けていると、ふと寂しくなるときがあった。 そんなとき、わたしは思い出に浸る。 その殆どは、ずっと、そしてこれからも一番の仲良しであり、あの直前までは一番の仲良しだった弥生ちゃんとの思い出だった。
今日は、どうしてだか思い出したくもない恥ずかしい記憶を掘り返してしまった。 忘れてしまいたいのに、片端を思い出すとそのときの記憶が全て手繰り寄せられてしまったのだった。
8歳で、秋だった。 丁度肌寒くなり始めた頃。
わたしはいつものように、弥生ちゃんとその2つ年上のおにいさんである健君と一緒に、森の中で遊んでいた。 橘家、弥生ちゃんと健君の家だが、の裏に広がっている、3人の遊び場だった。 確か、橘家でお昼をご馳走になってすぐ遊びだしたはずだ。 ということは、きっと土曜日だったのだろう。 いつものようにまず木に登り、それから何をして遊ぶか話し合った。 このとき、わたしはしまったと思った。 普段は皆気をつけているはずのことを、揃いもそろって落としてしまっていたのだった。 橘家のお母さんは優しい。 食後に3人にジュースも出してくれる。 それをたっぷり飲んでから遊びに出るのだが、そこで出る前に順番にトイレに行く。 それを何故か、今日は忘れてしまっていた。 そして、トイレに行かなかったことに気づくと、少しお腹が気になってきた。 でも、そこまで差し迫っていることもなく、遊んでいれば気も紛れるだろう、とわたしは思った。
取り敢えず、鬼ごっこでもしよう、ということになり、まずは健君が鬼になってくれた。
健君は、面倒見のよいところと生真面目なところがあり、鬼ごっこやかくれんぼのときは大体鬼を引き受けてくれた。
また、危ないところに迷い込みそうになったときは制止してしてくれた。
そんな健君が頼もしかった。
わたしと弥生ちゃんは急いで木から降り、一目散に駆け出した。
二手に分かれてしまうと、追われた方が追いつかれてしまうのは分かりきっていたので、いつも二人で同じ方向に逃げ、木を上手く使って健君を翻弄した。
健君を挟むようにして反対側へ駆け抜けたり、木をぐるぐる回ったりした。
これで、しばらくは逃げおおせる筈だった。
しかし、今日は少し経つとわたしは健君に捕まってしまっていた。
また少し経つと、弥生ちゃんが健君に捕まっていた。
いつもなら、まだ一度も捕まらずに3人とも息を弾ませているところだ。
仕舞いには、
「今日は何か2人とも足が遅いぞ、もっと頑張れ。」
と、鬼に背中を押されてしまう始末だった。
遅いと言われても、手を抜いているつもりはないし、しっかり走っている。
弥生ちゃんに置いていかれているなら遅くなっているのに自分が気づかないということも有り得そうだが、2人はいつも通り殆ど同じ速さなのだ。
遅くなっている訳はなかった。
しかし、今日に限ってわたしと弥生ちゃんは容易に健君に捕まってしまったのだった。
少し休憩することになって、再び木に登り、村の風景を眺めた。
木は結構高かったので、村が一望できるのだった。
健君と目が合い、わたしは少しうつむいた。
はっきりとした恋愛感情はなかったが、淡く健君に憧れを抱いていたのは確かだった。
何となく落ち着かない気持ちだったが、目が合ったせいだと、わたしは思い込んだ。
「2人とも、じっとして。
枝が揺れるよ。」
わたしは言われて初めて、自分の足をぶらつかせていることに気がついた。
弥生ちゃんもどうやらそのようだった。
健君はここからの眺めが好きなようで、いつも休憩を始めるとかなりの時間枝に腰掛けていた。
わたしと弥生ちゃんも、それに付き合った。
もっとも、休憩の半分くらいは横目で健君を眺めていたのであった。
休憩もしばらく経って、わたしの心にどこからともない焦りが湧き上がってきた。
少し間をおいて、焦りの原因がわかった。
(おしっこしたい……。)
遊び出す前、仄かに感じていたお腹の重さを思い出した。
あの後鬼ごっこをして、ここで休憩をして。
結構な時間が経っている筈だ。
そう思うと、わたしの体がぶるっと震えた。
遊ぶ前にトイレに行くのを忘れたという意識が、急にわたしを責め立て始めた。
体を揺すりたかったが、さっき健君に怒られたのを思い出して、耐えた。
健君に怒られるのは嫌だった。
だから、取り敢えず木から降りようと思った。
そうすれば、体を揺すっても大丈夫だと思ったのだ。
わたしは、景色を眺めている健君に言った。
「そろそろ遊ぼうよ。」
「そうだな、わかった。」
わたしたちは木を降りた。
そして、体をなだめるように軽く体を揺すった。
健君がこっちを向いて、
「五月ちゃんどうかした?」
と聞いた。
「どうもしないよ?
でも最近ちょっと寒くなったね。」
「ああ、もう秋だな。」
健君の手前、トイレを言い出すことはとても出来なかった。
いつもより張り合いがなかったことを不満がった健君が、もう一度鬼ごっこをやろうと言った。
わたしと弥生ちゃんは頷き、一目散に駆け出した。
が、わたしは全力で走れないことに気がついた。
お腹に力がかからない、どうしても庇ってしまうのだ。
精一杯走ったが、いつもの調子はとても得られなかった。
お腹の中身が揺れると、体に電気が流れて、全身がびくっとした。
(お、おしっこ……。)
地面を蹴る力が弱まった。
わたしは見た目にそぐわない遅さで、懸命に鬼から逃げた。
弥生ちゃんは、鬼ごっこで横にみるいつもの一生懸命な顔で、わたしと並走していた。
これでは一瞬で健君に捕まってしまう、また遅いと言われてしまう。
嫌だが、どうしようもなかった。
しかし、わたしと弥生ちゃんは思いの外善戦した。
健君が、あまりのわたしたちの不甲斐なさに手加減してくれているのだろうか。
結局3分くらい逃げ回って、わたしと弥生ちゃんは捕まった。
しかし、捕まってからも、わたしの足は止まらなかった。
(おしっこしたいよ……。)
上下左右に半歩動いてみたり、交差させてみたり、わたしは気づかれないようにお腹をなだめていた。
「次はかくれんぼにしよう。」
話し合いもせずに健君が言った。
わたしは、もう遊ぶよりも帰ってトイレに駆け込みたかった。
だが、こんな早い時間に帰ることはまずない。
健君にトイレのために帰ったんじゃないかと疑われたくなかった。
わたしは、もうしばらくの間おしっこを我慢することを選んだ。
次の遊びはかくれんぼに決まった。
もう、おしっこのことが頭を離れなくなっていた。
無意識にお股を押さえそうになり、ダメ、と自分に言い聞かせた。
健君にばれてしまったら、何の意味もないのだ。
健君が鬼になって、かくれんぼが始まった。
わたしと弥生ちゃんが隠れに走った。
が、わたしは危なっかしい走りしかできなかった。
あまり速く走ろうとすると、お腹が文句を言ってきた。
いつものように遠くに隠れられないので、特に見つかりにくい、また気づかれずに移動し易い場所に隠れないといけなかった。
そのために、鬼を監視できて、なおかつ鬼からは気づかれない、茂みで囲われた場所を探した。
「30、」
もう時間は半分しかない。
よたよたと駆けながら探していると、よさそうな場所を見つけた。
「40、」
何とか隠れられそうで、わたしは安心した。
そのとき、おしっこが暴れ始めた。
「うぅ……。」
声が漏れる。
急の事態にわたしは必死でお股を押さえ、踏ん張った。
(もれちゃう……!)
ぎゅう……、と押さえつける。
おしっこはまだ暴れまわっている。
いい加減ここから出せ、と喚いている。
「45、」
いけない。
このままでは、こんな姿を健君に見られてしまう。
わたしはお腹をなだめながら、内股になった足をよちよちと進めて、少しずつ茂みに近づく。
「50、」
あと10秒。
(おしっこ……、出ちゃうよ……。)
内股の足を何とか急かす。
よちよちと、何とか茂みまでたどり着いた。
少しおしっこの波が引いて、楽になった。
それでも、おしっこはお腹を蹴り続けている。
気を抜いたらもれそうだった。
茂みの隙間に入り、健君のほうを警戒した。
「60、いくよ。」
息を潜めた。
しかし、健君は歩き出さず、きょろきょろと辺りを見回している。
どうしたのろうか。
すると、徐にズボンを少し下げた。
わたしの頬が少し染まったことが、自分でもわかった。
しかし、そう言っていられるのは一瞬の間だけだった。
ちょぼぼぼ……。
小さな音が聞こえる。
わたしの体にもう一度電流が走った。
必死でお股を押さえつけ、足はもじもじと動かした。
健君がおしっこを始めたのだ。
もうもれそうになっているお腹を抱えて、おしっこを見せられている。
お腹の中のおしっこが怒っている。
自分たちも早く出せ、健君みたいに、と叫んでいる。
真面目な健君が、外でおしっこをするということは、相当おしっこがしたかったに違いない。
二つ年下の、しかも女の子のわたしのおしっこが限界に近いことは、すぐにわかった。
もっとも、そんなことをわざわざ考えるまでもなく、わたしのおしっこは前からもれそうだったが。
じょぼじょぼ……。
健君だってジュースを飲んだし、トイレにも行っていなかったのだ。
考えればすぐわかることだった。
素直にトイレと言っていれば、一緒に行ってくれただろう。
自分だけが行きたいんじゃなければ、言ってもそれほど恥ずかしくなかったかもしれない。
後の祭りだった。
健君は、もうトイレに行きたくなくなってしまったのだ。
そして、その課程を見せ付けられたわたしは、もれそうだったさっきよりもさらに激しくおしっこに責められていた。
押さえつける手は痺れ、体は震え、冷や汗を掻いた。
全身を緊張の糸が貫いていた。
少しでも綻びがあれば、そこからおしっこが溢れていってしまいそうだった。
少しうつむくと、お腹はいつもより膨らんでいた。
必死で我慢しているうちに、やっと健君のおしっこが終わった。
遠目でも健君の心地よさが感じられる。
そして、その心地よさはわたしが今一番求めているものだった。
健君のおしっこは、わたしのお腹の中に流れ込んできた。
健君がわたしと弥生ちゃんを探し始めた。
もし今見つかったら、おしっこを我慢していたことがばれてしまう。
でも、とても手を離せる状況ではなかった。
(おしっこ、おしっこぉ……。)
どうしようか、必死で考えた。
そうすると、単純明快な答えが見つかった。
今は隠れている。
ここでしてしまえばいいのだ。
そうわかると、少し安堵した。
お腹の中に、出してあげるよ、と語りかける。
おしっこは大喜びで駆け回った。じゅっ……。
(まだ、まだだめえ!)
やっとおしっこが出来るという気の緩みのせいか、少しのおしっこが出口をこじ開けるのを許してしまった。
下着に暖かさを感じた。
まさか、と半泣きになって服を触ったが、どうやら服には染みていないようだった。
助かった。
気を取り直して、服を下ろそうと手をかけた。
そこで、気がついた。
おしっこの音で、健君が気づいてしまうかもしれない。
それでおしっこをしているところを見られでもしたら、取り返しがつかない。
そしてもう1つ、紙を持ってきていない。
おしっこの後はきちんと拭かなければ、下着が大変なことになる。
下手をすると、においでばれてしまうかもしれない。
一度、公園のトイレに駆け込んだときに、わたしはそれを経験していた。
つまり、ここでおしっこをしてしまうと、健君にそれがばれてしまうのだ。
どうしよう。
一度は出来ると喜んだおしっこが、寸前でお預けになってしまった。
お腹のおしっこたちは怒り出した。
出られるはずじゃないのか、早く出せ、と出口を叩いた。
(もれちゃう、もれちゃう……。)
我慢できる自信はもうどこにもなかった。
けれど、もし健君におしっこをしたことがばれてしまったら、それが怖かった。
前をぎゅっと押さえながら、わたしは悩んだ。
結局、わたしはお腹の中のおしっこに懇願した。
お願い、家に帰るまで、それまで我慢して。
健君に知られちゃダメなの……。
視界が霞んできた。
泣きそうだった。
それでも、何とか我慢は続けられた。
全身の感覚が薄くなり、おしっこだけがはっきりとした感覚として残っていた。
いつ溢れても、おかしくなかった。
(だめ、もれちゃう!)
やっぱり下着くらい仕方ない、きっとにおいも大丈夫、我慢できないよりはまし、と決意した。
このままではもうそんなに我慢できないのはわかっていた。
今から家に直行しても、もう間に合わないかもしれなかった。
それより、健君と弥生ちゃんと家に帰るまでに我慢できなくなる可能性のほうが高かった。
それなら、ここでしよう。
やっとおしっこが出来る。
溢れそう。
早く、はやく。
近くでがさっ、と音がした。
木の葉を踏みしめる音だ。
まさか、と思って見上げると、すぐそばに健君がいた。
まだわたしには気づいていない。
でも、これでは見つかるのはもう時間の問題だろう。
今おしっこをすれば、音が聞かれてしまうのは確実だった。
そして、そうなれば、おしっこをしている最中のわたしを見つけるだろう。
そうなったら、おしまいだ。
2度目のお預けに、お腹の中は怒り狂っていた。
出口を叩く、壁に何度も体当たりする、やりたい放題だった。
しかも時折、数滴だけ出口の隙間を抜けてきてしまっていた。
そのたびに、下着は少し黄色く染まる。
見えないが、そうに決まっている。
わたしはお股を必死に押さえて我慢した。
限界なんて超えてしまっている気がした。
台の上にあるコップに注がれた水は、表面張力で何とかこぼれずにいた。
少しでも台を叩けば、水はコップから少しこぼれる。
もっと台を揺らせば、コップは倒れる。
でも、今見つけられたら、わたしの状況は丸分かりである。
お股を押さえ、震え、足をもじもじとさせている子がしたいことなんて、1つしかない。
わたしは必死の思いで手を離して、足をぎゅっと締め付けた。
「見っけ!」
お兄ちゃんの声がした。
「み、見つかっちゃった……。」
声が震えているのが自分でもわかる。
(出ちゃう、出ちゃうよ……。
おしっこぉ……。)
手を離していることで、一層状況は厳しかった。
下手に動きでもしたら、全てが終わってしまいそうだった。
「後は弥生だな。」
健君は、わたしの状況に気づいていないようだった。
足をなるべく自然にくねらせた。
「ついてくる?
待ってる?」
健君に聞かれた。
我慢していることを悟られないようについていって、弥生ちゃんが見つかり次第すぐに帰るか、待っていて押さえながら我慢するか、葛藤した。
が、帰り道でもばれないように我慢しなければならないのなら、早く帰れたほうがいいと思った。
今思えば、このとき一人残って、そのときにしてしまえばよかった。
でも、このときは、そんなことは思いつきもしなかった。
健君がそばにいたからかもしれない。
「ついていくぅ……。」
弱々しく返事をした。
幸い、健君が前を歩き、わたしが後ろを歩く格好になったので、さっきほどあからさまには出来ないにせよ、押さえることができた。
足は、明らかにぎこちない動きだった。
もし少しでも変に力を入れてしまえば、全てこの足を流れていってしまう。
健君に見られる。
怖くて、辛かった。
そして、何よりおしっこがしたかった。もう耐えられない。
(あっ、だめ、ああっ……。)
また少し、ちびってしまった。
服の上からは、まだわからない。
でももう手を離してはいられなかった。
ばれてしまっても仕方がない。
お股を押さえつけ、足を内股にし、擦り合わせた。
全身でゆさゆさと動いた。
(おしっこ、もうだめえ、でちゃう……。)
いきなり、
「弥生見っけ!」
と声がした。
やっとかくれんぼが終わった。
健君に、帰ろう、と言う準備をした。
しかし、それを言う必要はなかった。
「おにいちゃん、弥生、おしっこ、おしっこ~!」
流れてはいないものの、目に涙をためて、両手でお股をしっかり押さえた弥生ちゃんが出てきた。
弥生ちゃんだってトイレに行っていないのだ。
「ええっ、わかった、急いで帰ろう。」
健君は不意を突かれて困っているようだった。
「ううん、家まで我慢できないよ……」
健君は考えているようだった。
「そうだ、途中の公園にトイレがあるから、そこに寄ろう、だから頑張れ。」
弥生ちゃんは、体を震わせながら頷いた。
「ねえ、五月ちゃん、弥生がこういうことだから……。」
と言いながら振り返って、健君の言葉が途切れた。
健君が大至急トイレに連れて行かないといけない子が、2人に増えたのだ。
「わ、わたし、も、トイレ……。」
「2人とも、我慢、我慢だぞ。」
もし、もれそうなのが1人だったら、健君のことだからおぶってくれたかもしれない。
でも、さすがに2人をおぶるのは無理なようだった。
わたしと弥生ちゃんは、内股になった足を精一杯の速さで動かして、そっと急いでいた。
いつもと比べれば、呆れるような鈍い歩みだったろう。
でも、このときはこれが精一杯だった。
何度も溢れかけ、その度に足が止まった。
両手を必死に押さえつけ、お腹の中が静かにしてくれるのを待った。
それでも、何滴か出口を通り抜けてしまった。
下着はきっと真っ黄色だろう。
ただ、一度にしてしまうことはなかったので、
服を見ると1滴もちびっていないようだった。
健君にちびったことを気づかれないことが、唯一の幸いだった。
「おしっこ、もれちゃう……。」
弥生ちゃんが言う。
それを聞くだけで、わたしのお腹の中のおしっこはもっと暴れだす。
聞きたくなかった。
でも、耳をふさぐための手は、お股を押さえるのに使われていた。
弥生ちゃんがまた言った。
「トイレ、くぅっ……、ちびる、でちゃう……。」
弥生ちゃんの下着もきっと、わたしと同じ状態になっていただろう。
時折、喘ぎが聞こえた。
多分、わたしも喘いでいた。
どうやら、お腹の中のおしっこが、わずかな隙間を抜け出てくるためには、数十歩分の時間がかかるようだった。
わたしと弥生ちゃんは、お股を押さえ、内股にし、健君に媚びるような涙目を向けながら、少しずつ、歩いた。
「ほら、公園だ、あと少し頑張れ!」
健君が嬉々として言った。
それを聞いて、お腹の中のおしっこは浮かれだし、踊りだした。
「あうぅっ……。」
声が出る。
(だめ、出ちゃう、おしっこぉ……。)
公園と聞いて気が緩んだのかもしれない。
また少し、おしっこが隙間を抜け出てきた。
下着がじっとりと濡れるのがわかる。
服は大丈夫か確かめたかったが、下手に下を向くとお腹に力がかかる。
もう、それにすら耐えられなさそうだった。
手の感覚も殆どなかった。
わたしは、服が濡れていないことを祈った。
弥生ちゃんも、同じ状況のようだった。
「あ、あぁっ……。」
両手をお股にきっちりと当て、足をくねらせていた。
「おしっこ、おしっこぉぉ……。」
言わないで。
お腹の中のおしっこがもっと暴れた。
(もう無理……。
おしっこ、もれちゃう……。)
何とか押しとどめた。
弥生ちゃんも、決壊は免れたようだった。
2人とも、もう一刻の猶予もない。
よちよちと、必死に歩いた。
おしっこは、いつもれてしまってもおかしくなかった。
今我慢できているのは、健君に見られたくない、ただそれだけの理由だったに違いない。
健君がいなかったら、とっくの前に、わたしはもらしてしまっていたと思う。
よちよちと、わたしと弥生ちゃんは進む。
二人の下着は、押さえ切れなかった少しのおしっこで染まっていた。
お腹の中のおしっこは、すさまじい力で出口をこじ開けようとしている。
小さなトイレが見えた。
「あぁっ……。」
わたしと弥生ちゃんは、同時に声を漏らした。
間に合った、安堵である。
(やっとおしっこ、おしっこできる、もれちゃうぅ!)
しかし、まだおしっこをしていいわけではない。
トイレは見えているだけだ。
わかっているつもりでも、おしっこが溢れそうになる。
もうおしっこをしてもいいかのような錯覚に陥る。
わたしは必死で抑えた。
また数滴、おしっこは出口の隙間から出てきた。
下着がもっと染まっただろう。
服も、不安である。
もう、服の確認などできないのだ。
「だめ、でちゃう、おしっこ、おしっこぉ!」
お願い、言わないで。
お腹のおしっこがもっと激しく壁を蹴る。
壁は震え、もう壊れてしまいそうだった。
よちよちと進む。やっと、トイレへ入った。
嬉しくて、涙が溢れそうだった。
ずっとずっと、我慢したおしっこ。
もらさずに済んだ。
やっと、おしっこが出来る。
両手はがっちりとお股を押さえ、足は内股になり、震えていた。
それでも、間に合った。
お腹の中のおしっこも喜んで、そして踊った。
出口が、ものすごい力で押されている。
出口をつなぎとめていた蝶番が、ぎいぎいと音を立てだした。
ゆっくりと、蝶番が曲がっていく。
はっとした。
今すぐ服を脱がなければ、おしっこをしなければ、もう止められない。
大急ぎでおしっこの体勢になるべく、服を下ろそうと片手をかけた。
それでも、もう片手はお股をしっかりと押さえていた。
体が震えた。
少し、隙間からおしっこが出てきた。
まだ脱げていない、下着を染める。
(だめ、だめ!
もう出来るんだから、おしっこ、もれちゃうぅ!)
弥生ちゃんの声がした。
「おしっこ、トイレ……、でちゃうぅぅ!」
弥生ちゃんのほうから、しゅるっ、という音が聞こえたような気がした。
弥生ちゃんは少し涙を流しながら、お股を押さえていた。
何とか持ちこたえたようだった。
後は個室に入るだけ。
わたしも弥生ちゃんも、助かった。
「っ!」
わたしは声にならない叫び声をあげた。
気づいた。
とても重要なことに。
トイレについた安心感からか、すっかり頭から飛んでしまっていた。
焦って、わたしはドアに手をかけた。
よちよち、白い便器が見えた。
服を下ろして、そこにするだけ。
いや、もう飛び散っちゃっても構わない。
急げば後5秒で、おしっこが出来る。
蝶番がぎしぎしと音を立てて、外れようとしていた。
お腹のおしっこたちが、そのときを今か今かと待っている。
そのとき、後ろに強く引っ張られた。
「だめ、弥生が先、だめえ!」
わたしは叫んだ。
「あ、嫌、待って、もれちゃう!」
小さい公園のトイレ。
個室は、1つしかなかったのだ。
わたしも弥生ちゃんも、相手が終わるまで待っていられるわけがなかった。
後になることはすなわち、我慢できなくなるということなのだ。
「わたしこそ先、お願い!」
弥生ちゃんに懇願した。
上の蝶番が外れ、後は下に1つついているだけになった。
お腹の奥がきゅんとする。
「だめ、弥生なの!」
「おしっこ、もれちゃう、おしっこぉ~!」
散々聞くのを嫌がった言葉を、わたしは口にしてしまった。蝶番が曲がる。
「弥生だって、お、お願い、もれちゃう~!」
もう1秒も我慢できない小学生が2人、トイレの順番を争っている。
譲り合えるわけがなかった。
わたしの視界が潤んでいた。
弥生ちゃんも目に涙が浮かんでいた。
すぐそこにある1つの便器を巡って、わたしと弥生ちゃんは戦った。
個室の中に先に入ったほうの勝ちだ。
ドアを閉めるなんて悠長なことはしていられない。
何でもいいから先に便器に近寄ればよかった。
お互いに引っ張り合い、何とか先に個室に入ろうとした。
「あっ、あぁっ、でちゃうぅ!」
弥生ちゃんが叫ぶ。
「だめ、だめ、おしっこ~!」
わたしも叫んだ。
すぐそこにあるのに、まだおしっこが出来ない。
お腹の中のおしっこも、大暴れしている。
堅く閉ざされていた出口を突破しようとしている。
弥生ちゃんが横から引っ張った。
「弥生が先ぃ……、あっ、あっ……。」
じゅじゅぅ、と音がした。
弥生ちゃんを見ると、服のお股の周りの色が変わっていた。
音が止んだ。
「うぅ、あうぅ……。」
弥生ちゃんは必死でお股を押さえていた。
わたしは必死で弥生ちゃんを引っ張り、前に出ようとした。
しかし、弥生ちゃんはわたしを引っ張った。
「おしっこ、弥生が先ぃぃ……!」
そのとき、弥生ちゃんの片足が大きく動いた。
いま少ししてしまったおしっこで滑ったのだ。
「あっ、あっ、あぁっ……!」
しゅるる、じゅじゅじゅじゅぅ……。
音は止まらなかった。それでも、その音はまだまだ不満足そうだった。
弥生ちゃんがわたしから手を離し、両手でお股を押さえた。
わたしはそんな弥生ちゃんをみながら、一歩踏み出した。
今なら勝てる、そう思った。
弥生ちゃんの片手で押さえたお股からは、おしっこが迸っていた。
何とか止めようと強く押さえているようだったが、おしっこは構わず溢れ続けた。
わたしは目をそらすべきだった。
もう猶予のないおしっこをお腹に抱えたまま、目の前で、おしっこを、それもこぼれていくおしっこを見てしまった。
蝶番が外れた。
「だめ、おしっこ、おしっこ!」
しゅしゅっ。
押さえている手にじっとりと感じる。
手が壊れそうになるくらい、強く押さえた。
止まった。
服は少し濡れてしまっているかもしれないが、まだ何とかなる。
最後の力を振り絞って、便器へ向かって歩いた。
便器に近寄り、またがった。
やっと出来る。間に合ったんだ。
服に手をかけ、下ろそうとした。
下ろし始めるとき、ぷしゅっ。
「だめ、まだ、脱ぐだけだから!」
服を下ろしている途中なのに、おしっこが出始めた。
止められない。
でも、それはほんの少し。
残りのおしっこは、便器に吸い込まれていった。
はずだった。
「だめえ!」
弥生ちゃんがわたしを押した。
よろめいて、便器から離れてしまった。
あまりに急な出来事に、わたしは服を下ろすのを止めてしまった。
弥生ちゃんは、押さえている服の上からおしっこを滴らせながら、便器にまたがった。
お股から手を離し、服を下ろそうと頑張っているが、焦っているのか上手く下りない。
その間にも、じゅじゅぅ……。
と、おしっこは出続けている。
「や……、やぁっ!」
弥生ちゃんが再び両手でお股を押さえたかと思うと、しゅるるる、じゅぅぅぅぅ……。
勢いが強まったおしっこが、押さえている手の間から放たれる。
それは服を伝ってぴちゃぴちゃと便器に流れていく。
弥生ちゃんは、泣いていた。
そして、今まさに行くはずだった場所を失ったわたしのおしっこは、じゅじゅっ、と音を立てた。
弥生ちゃんをどかしたかったが、もうそれは叶わなかった。
「お、おしっこ、くぅっ……!」
必死に押さえていたはずのわたしの出口から、おしっこは溢れてきた。
しゅぅっ、じゅじゅっ、しゅううう……。
どんなに強く押さえても、隙間からおしっこは溢れてきた。
おしっこが足を流れ、靴下を染めた。
わたしと弥生ちゃんの、必死に我慢したおしっこは、2人を染めて、床に流れ、便器に流れていった。
くぐもった音が止んだ。
わたしも弥生ちゃんも、おしっこが止まったのだ。
トイレには2人のすすり泣く声が響いていた。
あまりの遅さに心配になった健君が、
「おーい?」
と声を上げていた。
返事が出来ない。
健君に見られてしまったらおしまいだ。
もう遊んでくれなくなってしまう。
馬鹿にされちゃうんだ。
悲しみがもっとこみ上げてきた。
「入るぞ?」
健君が来てしまう。
でも、どうにもならなかった。
健君が来た。
こちらを見た。
何も言えないようだった。
「ご、ごめんね……。」
泣きながら言った。
弥生ちゃんも、
「おにいちゃん、弥生、ごめんね……。」
と言った。
弥生ちゃんのほうがかわいく聞こえたような気がして、わたしは悔しかった。
「2人とも、それは、その、何だ……。」
言い終わる前に、わたしと弥生ちゃんは声をあげて泣いた。
頭が真っ白になった。
「し、仕方ないさ。
わざとじゃないんだから、気にすることないよ。」
そういいながら、健君はわたしと弥生ちゃんの頭をなでた。
その手があまりにも優しくて、わたしはもっと泣いた。
それから、健君は左手にわたしを、右手に弥生ちゃんをつないでくれた。
きっと手はおしっこでびちゃびちゃになっていたはずだ。
それでも、健君は嫌がる素振りを見せなかった。
帰り道、涙をすすると、
「気にするのはやめなよ。」
と言ってくれた。
まず橘家に帰ると、おばさんが目を丸くした。
でも、おばさんが一言を発する前に健君がおばさんを奥へ連れて行った。
しばらくして、おばさんがもう一度でてきた。
「まったくもう、とにかく2人でお風呂に入りなさい。」
怒られなかったのは、健君が取り計らってくれたからだと思った。
わたしと弥生ちゃんは、帰りからずっと無言だった。
弥生ちゃんがこっちを見た。
「ごめんね。」
「わたしこそ、ごめんね。」
「弥生と、ずっと仲良しでいてね。」
「うん。」
お風呂から上がると、わたしの着替えが置いてあった。
居間へ行くと、お母さんがいた。
いつも怖いお母さんだ。
怒られると思った。
が、今日は怒らなかった。
視線を上げると、健君が目配せした。
今日はお暇となり、健君と弥生ちゃんが玄関まで来てくれた。
「また明日遊ぼう、気にするなよ。」
そういって、健君は微笑んだ。
この一件から、わたしは健君のことを真剣に好くようになった。 そしてまだ、そのことがわたしの人生を残り1年に縮めてしまうとは、夢にも思っていないのであった。 今、弥生ちゃんは高校生、健君は大学生になっている。 わたしは、この罪深い2人にとって、
未だに仲良しであり続けているのだろうか。
初出: 2006/10/11 おもらし特区 掲示板