私の日常
- 水のご加護を賜る教会にて #5
- 私にとって礼拝は、大切な奉仕であると同時に、厳しい試練でもあるのです。
週に一度の礼拝は、司教である私にとって、とくに大切な日です。この小さな村で、教会がただ一つであることに不思議はありません。ところが、素晴らしいことですが、この村のみなさまは信心深く、礼拝堂に一度に入っていただくことができません。そのため、私が就くよりもはるか前から、水の儀式を二度行い、みなさまに祈っていただくことになっております。
一度目の儀式は九時に始めます。そのため、八時ごろには、祈りの水を整え、床を掃き清めます。そして最も大切なこととして、お手洗いを済ませておきます。儀式の直前に済ませられればもう少しでも楽になるかもしれません。ですが、この教会は中庭にある離れに水場がまとまっています。ここでお手洗いへ行こうとすれば、いらっしゃる多くの村人に見られてしまいますので、少しはばかられます。あるいは、儀式の前にお手洗いに行かれる方もいらっしゃるでしょう。私が儀式の直前に礼拝堂におらず、お手洗いに並んでいるというのは、やはりよろしくありません。
儀式はもちろん一度ごとに大切なものですが、そうは言いながらも、執り行うことには慣れております。どう振る舞い、何を申し上げるかは、考えなくとも自然と身体が動きます。その中で、祈りの水、すなわち昨晩汲み上げ主に捧げておいたお水を六度、あらかじめ分けて注いでおいた盃から、順にいただきます。この村で用いる盃は、一般に水の儀式で用いる盃とは少し違っています。大きさが小さく、コップ一杯ほどの水が見合うように作られています。これは、儀式を二度繰り返す事情から、一度にいただくお水を半量にしているのです。本来申し訳のないことかもしれませんが、一日にいただく祈りの水はほかの村と同じ量になりますから、許していただけるものと思っています。この村の巫女にとっては、これだけが救いですから。
一度目の儀式、それからの歌と説教は、何も気にすることなく十時に終えます。一度目の儀式が終わると、お帰りになるみなさまを見送り、二度目の儀式のために祈りの水を整えます。あとは、二度目の儀式にいらっしゃるみなさまを十時半まで待ちます。ときには、話しかけてくださる方もいらっしゃいます。お話をしていれば何も感じませんが、ただ静かに待っている日は、少しずつ身体の声が聞こえはじめます。遠くで、小さく呼びかけられるのです。お手洗いに行った方がいいですよ、と。ですが、一度目の儀式を終えられた方、二度目の儀式にいらっしゃる方、それぞれがお使いになりますし、多くの目もあります。祈りの水は加護に変わり、村のみなさまと村を守ると伝えられます。儀式のすぐ後にいつもお手洗いに入ることで、もしかしたら、みなさまの心にある祈りの水へのお気持ちが揺らいでしまうことがあるかもしれない。それを避けるために、水の巫女はみな、儀式のあとすぐにお手洗いに入ることをしません。もちろん、この村の長きにわたる平穏は、主のご加護に違いありません。しかし、加護の力を現された後の祈りの水は、普通のお水に戻り、そのまま私の身体に留まっています。この秘密を、私はお腹の重みとして感じはじめています。
十時半より、二度目の儀式を始めます。心配はいりません、少し気になる、それだけですから。始まってしまえばそちらに気持ちが向かい、頭からは追いやられます。四十五分ほどの儀式の中で、ふたたび六度祈りの水をいただきます。どこからか、儀式を執り行っているにもかかわらず、声が聞こえてきます。お手洗いに行きたい。お腹が重たい。もちろん、儀式を中座することなどできません。それらに耳を傾けることなく、何度目かの盃を手に取り、祈り、そして口にします。また、これが注がれてしまいます。後で私を苦しめます。それでも、このお水が、村のみなさまを、村の自然を、そしてきっと私を、守ってくださいます。最後には、いつも、何といえばよいのでしょうか、きゅんきゅん、と。そんな感覚になります。それを抱えながら、六度目、朝から数えて十二度目の盃をいただき、祈り、儀式を終えます。気のせいだとは思いますが、この盃は、飲んだものがそのまま……そちらに注がれているような、そんな気持ちになります。せめて座りたい、それだけで少し楽になるのに……そう思いますが、もちろんまだ座るわけにはまいりません。
次に、みなさまとともに歌います。この教会にはオルガンなどがありませんので、私がはじめの合図をしましたら、みなさま静かにお歌いになります。たくさんの方が、主のことを考えながら歌う声は、本当に美しいものです。一緒に心から楽しみたいのですが……。恥ずかしい限りですが、二度目の歌は、あまり頭に入ってまいりません。それよりも、気になってしまうことがありますので。きゅんきゅん。間違ってもひっくり返してしまわぬよう、私の中にある盃を、しっかりと持っておかねばならないのです。とはいえ、ここでは、そのような万一のことを心配するほどではありません。ありませんが……。お手洗いのことが、頭から離れません。お手洗い。いえ、平気なのですよ。私もみなさまと同じように、しっかりと立ち、歌っているのです。ただ、頭の中だけです。お手洗い。お手洗いに行きたい。
そして、最後に僭越ながらお説教を申し上げます。一度目と二度目で違いがないよう、前日に原稿を書いておりますから、ときどきそれを確かめながら、しかしみなさまの方を見て、お伝えします。ですから、困ることはございません。きゅんきゅん。お手洗いのことばかりを考えてしまっても、間違えたり、言葉を失ったりせず、紙に書かれたことを落ち着いて声にすればよいのですから。みなさまにとっては、二度目にいらしていても、その日一度だけの大切な時間です。精一杯、気持ちを強く持って、できる限りあの感覚は頭の隅に追いやって、心をこめて、お話いたします。お手洗い。お手洗い。お手洗いに行きたい。これが終わってもまだ相談会がある。まだできない。でももう、こんなに。平気。こうしてしっかり立って、務められています。きゅんきゅんきゅん。行きたいだけ。我慢すれば済むことです。我慢すれば済むことです。
二度目の礼拝をすべて終え、みなさまがお帰りになります。それを見送りながら、相談会にいらっしゃる人数を確かめます。お手洗いに行きたい……。最後の方をあまりお待たせするわけにはまいりませんから、人数が多ければ、できる範囲で端的に。少なければ、できるだけ丁寧に。そのために、何人いらっしゃるかを知っておくことは大切です。決して、あまりにも時間がかかったら……どうにかなってしまいそうだからではありません。みなさまをお待たせしないことと、噛み合っているだけです。残られる方がはっきりしてくると、自然と順番が話し合われます。ありがたいことです。
今日は六人いらっしゃるようです。やや多めですね。お一人ずつ十五分には……、収めなければなりません。それを見ながら、礼拝堂から告解室に入り、ドアを閉めます。はぁぁ……、少し、落ち着く心持がいたします。ぎゅっ、ぎゅ。本当にどうにもならないときには、手の力などまるでないかのようにあふれ出してくるというのに、これで楽になるのは不思議なものですね。あまり夢中になり、ローブに皺が寄ってはいけません。でも、もう少しだけ。まだ先は長いのですから。そのまま、奥の椅子に座ります。はぁぁっ……。生き返ります。座っていると、立っているよりもずいぶんと楽になります。もしも相談会が立って行うものであれば、とても耐えられてはいないでしょう。ぎゅう。ドアがノックされます。簡単な机はあるものの、それに頼って動くわけにはまいりません。決して気づかれてはならないのです。もう少しだけ……幸せを味わったのち、手を離します。がまん。がまん。できます。いつも、間に合わせてきているのだから。お手洗いに行きたい。お手洗いに行きたい。トイレ。トイレっ!
「どうぞ、お入りになってください。」
相談会で何をお話になるかは、それは私を通して主に打ち明けてくださっていることですから、申し上げることはできません。人間関係のこと、将来のこと、健康のこと、あるいは告解、ときには青春らしい素敵なお話もございます。すべてをしっかりと聴き、心を傾け、主はどうお導きになるだろうか、とお答えします。押さえたい。押さえたい。
「たしかに、お相手のお言葉で、あなたのお立場で、苦しんでいらっしゃるように見えます。しかし、その方の仰りようを、つねにあなたがその通りにせねばならない、とは主は仰らないでしょう。」
トイレ、どうかトイレに行かせてください。トイレ。もう、ずっとずっと我慢しているんです。
「もちろん、ただ正面からぶつかるのは、あなたもこれからのことでご心配になるでしょう。ですから……。」
祈りの水をあんなにいただきました。それからもう……もう……。小さく目を動かして、時計を見てしまいました。十二時半でございますか。相談会だけで、もう一時間でございますか。儀式を始めてから、三時間半でございますか。主よ、今少しだけ押さえても、この方はお気づきにならないのではございませんか。おしっこ。おしっこ。おしっこ、おしっこ、おしっこ!!
太腿を強く合わせます。擦ってしまうと、動きがわかるかもしれません。ですが、幸いにもローブはゆったりとしています。強く合わせるだけであれば、きっとわかりません。足の先もほぼ隠れてしまいます。足の指を動かしても、気づかれることはないでしょう。おしっこ。おしっこ。もれちゃう。
「ありがとうございます。私は考えすぎていたのかもしれません。お教えいただいたように、上手な距離を探してみたいと思います。」
ああ、申し訳ありません。私は何とお伝えしたのでしょう。わかりません。でも、お役に立てたのですね。勝手なことを申し上げます。少しでも、少しでも早くお部屋を出ていただけませんか。
「ありがとうございました。」
椅子から立ち上がられます。
「お役に立てましたか。もしもまたお悩みでしたら、いつでもいらしてくださいね。」
ドアへ向かってお進みになります。こちらを見ていない。ぎゅうう。すりすり。もうだめなんです。この間、じっとしていたのですから。お赦しください。ぎゅう。押さえたのに、押さえたのに、おしっこ。おしっこ。まだ一人いるのに。まだ一人いる。もれちゃう。たいてい、最後に一礼されます。手を離します。足を止めます。がまん。がまん。がまんがまん、がまん!!
「本当にありがとうございました。」
「主のお導きがありますように。」
ドアが閉められます。考えるより先に、手が押し付けられます。かまいません。もう、立った姿を見る人はいません。ローブが皺だらけになろうとも。知りません。あと一人、あと一人我慢する。隠し通す。それだけです。トイレ、トイレ、トイレっ……! コンコン。
「どうぞ、お入りになってください。」
もう押し流されそうな水門から、手を離します。おしっこ。おしっこ。おしっこしたい。もうそこでもいい。いけません。主の拠り所である教会で。お部屋の、お部屋の隅でもいいから出したい。おしっこ。もれちゃう。おしっこ。
「失礼いたします。」
「あら、ミリィさん、今日はどうなさいましたか? まずは、おかけになってください。」
ミリィさんは、真面目でしっかりした少女です。同年代の子よりも少し考えすぎるところがあり、相談はそうしたことが主です。順序をつけるわけではありませんが、こうした子のお話は、とくに慎重に聴いて差し上げるべきでしょう。トイレ。先にトイレに行かせて。そうしたらしっかり聴いて差し上げられますから。トイレ、トイレ、トイレトイレトイレ、といれっ……!
「その……大したことはないのですが……。このごろ、お友達の中では、どの男の子が格好いいだとか、誰が好きだとか、そういう話が盛り上がるようになりました。けれど、私はまだ、そうした気持ちが湧いてこなくて……。」
確か、そうした、純粋だからこその、かわいらしいご相談でした。ごめんなさい。もうわかりません。私は、身も心も、ただ、今ここで、とてつもない勢いで、噴き出してしまいそうな、おしっこを、隠して、おしっこがしたいなんて、決して思われないように、にこやかに、我慢して、もれちゃいそうな、おしっこを、必死で、なんとか閉じ込めて、押さえたい、せめてもじもじくらい、しても、それくらいなら、いけません、がまん、がまん、ずっと昔から守られてきた秘密が、でもでちゃう、おしっこ、もれちゃう、トイレ、トイレ、おしっこ!!
「そう思えば、やっていけそうな気がします。ありがとうございます。」
……これは、終わっていいということでございますね。まだだめ。今出てはだめ。
「お役に立てましたか。もしもまたお悩みでしたら、いつでもいらしてくださいね。」
心なしか、ミリィさんの顔が陰っている気がいたします。もう少し言いたいことがあるのかもしれません。ごめんなさい。ごめんなさい。
「気をつけて、お帰りになってくださいね。」
もう。もう、待てない。帰ってください。おしっこ。こんなに我慢しているの。ずっと。ずっと。ずっともれそうなんです。ずっと。もうでちゃうんです。赦してください。立ち上がられます。ドアへ向かわれます。ぎゅううう。もう、押さえても、押さえたって、もれちゃう。でも、離せません。いえ、だめです。もうすぐ振り向かれてしまうから。離します。
「いつも、本当にありがとうございます。」
「主のお導きがありますように。」
あ、ぁ。でる。でる。きてる。でぐちに。きてる。あっ。だめ。いえ、出ていません。ミリィさんはいつも通りの態度です。水音はしません。
ばたん。私は身体を捩り、押さえていない右手で片靴を脱ぎ、椅子に足を上げます。ぐりぐりぐり。荒れ狂う大波が、ひび割れた水門が、少しだけ、ほんの少しだけ、楽になった気がします。あと少し。ミリィさんが教会を出て、背を向けるまで。あとそれさえ待てば、それさえ待てば、トイレに行けます。トイレ。何時間も前から、ずっと、ずっと、きっと世界で誰よりも、行きたかったトイレ。ぐりぐり。トイレ。といれ。トイレトイレトイレ、といれ、おしっこ、おしっこ、おしっこぉぉ!!!
数分待てた気がいたします。よくわかりません。でも、もう待てません。ぐりぐり。踵を外すのは、少しでも波が弱まったとき。早く行きたい。でも今はだめ。早く。今です。手の力をこめ、踵を下ろし、靴を履きます。お腹をかばいながら、よちよちと、告解室のドアを開けます。そっと顔を出して……誰も、いません。誰もいません。きっと誰も来ません。前かがみで、前を押さえて、内股のまま。学校の卒業とともに、二度とすることはないと思っていた姿。私の、精一杯頑張った、あと少し、あと少しでトイレに行ける、おしっこができる、身も心もおしっこに囚われた姿。もうその隅で、その隅でしてしまいたい、誰も見ていないのだからここで出してお掃除すればいい、おしっこしたい。まさか、礼拝堂で、決して、いけません。囁きを振り切って、膝から下だけを動かして、外への扉に辿り着きました。ここからは、庭とはいえ、外です。誰が見ているか、わかりません。お手洗いには人間ですからいつか入ります。今日の礼拝と相談会を終えて、一息つくのは自然なことです。ただ、ふつうに、ふつうに、入る。ふつうに。手を離す。しっかりと立つ。歩く。できます。あんなに、踵まで使って、たくさん押さえたのですから。楽になったはずですから。これが最後ですから。
震えそうになる足をなだめ、折れそうになる腰を叱り、扉を開きます。がまん。右へ曲がります。一歩ずつ、足を出します。がまん、がまん、がまん。見える範囲の人影は、向こうに、お帰りになるミリィさんの後姿があるだけ。つまり、教会には誰もいません。トイレに行ける。やっと、行ける。押さえたい。お腹をかばいたい。ですが、外です。歩く間に、遠くから見られてしまうかもしれない。これまで積み上げてきた、水の巫女が守るべき秘密があります。足を出します。おしっこ。はやく。トイレ。といれ。もう見えています。離れに入って。洗い場を抜けて、個室に入って、ローブを上げて、下着を下ろす。あとは、それだけ。それだけ。もう数分もない。あぁぁ。たすけて。でる。すぐそこなのに。でる。押さえたい。おさえたい。おしっこ。もうここでしても、もう教会ではない、ただのお外ですよ。お外でなんて、いざとなれば誰も咎めませんよ。でちゃう。手を強く握ります。押さえる代わりに。きゅんきゅんする。おしっこ。あと少し。もうすぐ。もう一分もない。あと三十秒でできる。
ふと、こちらを向いて手を振るミリィさんが、目に入りました。許して。どうして、どうしてそんな意地悪をするのですか。強く握っていた手を開き、この距離でも見えるよう、少し大きく手を振ります。だめ。トイレ。すぐそこなのに。本当なら、もう、今、入れたはずなのに。今、出しはじめたはずなのに。意地悪しないで。私、もう、おしっこ、我慢できない。足を踏みかえます。たし、たし。じっとできない。ミリィさんが、お辞儀をして再び歩き出します。ぐい。ぐい。まだ、洗い場ですらないのに。まだ外なのに。ずっと待たされてきた狂おしい欲求の波に対して、私のなけなしの理性では、指を一本だけ、先の方だけ、少しでもわかりにくくすることだけしかできませんでした。ぐい。この距離に誰もいなければ、この程度なら、遠くからではきっと、わからないはずです。歩きます。扉を開けます。閉めます。ぎゅううう。ぎゅうう。もう誰も見ていません。手がしっかり、思い切り、押し付けられます。隠さなくていい。太腿を強く締め付けます。おしっこ。まだです。ここは洗い場です。出ちゃだめっ! 強く押さえ込んだ手を離し、できるだけ早くローブの中で押さえなおします。右手でローブをめくります。脇で押さえ、ドアを開きます。トイレ。トイレがある。出せる。もうなんでもいい。手を離し、下着を下ろし、そのままの向きで、トイレに座りこみます。いつ出はじめたのでしょう、座り込むまで持ったのか、出しながら座ったのかも、もうわかりません。私がずっとずっと、ずっと我慢していたおしっこが、叩きつけられます。大きな音と、跳ね返りの感覚と、そして言いようのない幸福感とともに、ゆったりとしたローブの下で、誰にも知られることなく大きくかちかちに膨れ上がっていたお腹が、少しずつ平らになっていきます。
顔が熱く、鼓動が聞こえます。今日は、気候のせいか、体調のせいか、いつもより危うい日でした。普段はもう少し、まだ、なんとか、少なくとも外で押さえずにいられなくなったりはせずに、間に合わせているのですよ。……今日ほどの解放感のあとでは、つい、あの日のことを思い出してしまいますね。
もう七年ほどは前になります。あの頃はまだ経験が浅く、相談の時間を今よりも短くしていてなお、礼拝の日はいつでも、今日のような覚束なさがございました。もう何も考えられない頭で相談会を終わらせ、どうにか自らを奮い立たせて、お手洗いに向かっておりました。礼拝堂を出て歩きながら、あと少しで叶う、お手洗いで済ませる自分の姿を何度も想像していました。暴れまわるお水を、水門だけで必死に閉じ込めて、やっと、離れの前まで参りました。あとは二枚の扉を通り、済ませるだけです。私の身体はもう、その準備を始めていました。扉を開けようと、手を伸ばしかけたそのときです。遠くから、女の子が二人、こちらへ駆けてきました。どうしよう。……いえ、もう、いいでしょう。祈りの水とは無関係に、お手洗いに行くことはあるのですから。今入らなければ、あの子たちの目の前で、全部出てしまう。ですが、この一瞬の迷いが、一人の女の子を助け、私を追い込むことになりました。女の子たちの手は、そう、私が今まさに押さえたい、そこに当てられています。使いたいのです。お手洗いを。今。私がずっとずっと切望してきたお手洗いを。小さな子が、入りたい。もう、私も、我慢できないのに。主は、私を司祭のままでいさせてくださいました。自然と、優しい言葉を選ぶことができたのです。
「ミリィちゃん、シルヴィアちゃん、二人ともお手洗いですね。すぐに入りたいでしょうけれど、少しだけ待ってあげられそうな素敵な子はいないかしら?」
私も、私も待ちますから、順番に使いましょう。三人ですっきりしましょう。
「私が先、もれちゃう、私が先にトイレって言ったの!」
「あたしのほうが、でちゃう、でちゃうぅ!」
これくらいの子が、これだけ切迫していれば、仕方ありませんよね。しかし、何か理由をつけて順番を決めたり、諭したり、そんな余裕は二人にも、そして私にも、ありません。
「わかりました。じゃんけんしてください。じゃん、けん。」
二人が手を出した瞬間、ミリィちゃんがお手洗いへ飛び込んでいきます。シルヴィアちゃんが大人しく待っているということは、ミリィちゃんが勝ったのでしょう。私は、この二人を待てばいい。そのあと、実はお姉さんも、と自然に入ればいい。私はじゃんけんに参加していないので、必ず最後です。それでも、あと少しだから。本当はミリィちゃんじゃなく、私が出していたはずなのに。私の方が、きっと、いえ、間違いなく、たくさん我慢しているのに。あと少し。おしっこでちゃう。いえ、私は、どんなときも、みなさまの気持ちに寄り添わなければなりません。自分のことだけを考えていていいのではありません。今済ませているはずなのにと思っているのは、私だけではないのです。おしっこ、おしっこ、おしっこ。
「シルヴィアちゃん、もう少し。扉が開くのを待つだけだからね。頑張って。」
じゃんけんが終わってから、もう何も言わず、斜め下を見て、内股になり、前をぎゅうぎゅうと押さえています。もれそうなのですね。私もです。羨ましいです。私も押さえたい。内股になりたい。もれそうなんです。もうずっと前から、あふれそうなんです。ずるい。そのとき、これほど限界なら、建物の陰でさせてあげるのはどうか、と頭をよぎりました。ですが、それを選ぶなら、前を押さえてここまで来ないでしょう。そこまで幼くはないのです。それに。そんな場所へ連れて行き、目の前でされてしまったら、私はこの子の真後ろで、滝を作ってしまうでしょう。トイレ。おしっこ。がまん、がまん。あと少し、あと少し待てばいいだけです。
「落ち着いて。もうすぐだからね。」
「ふ、うぅっ……。」
消え入りそうな声でした。穏やかなお昼、この子たちが遊ぶにも、いいお天気です。そこに、ないはずの水音が聞こえてきました。じゅうう。スカートの、手で押さえつけられて皺が寄った部分の、色が変わっていきます。おしっこ。おしっこ。いま、私の頭と身体のすべてをぱんぱんに満たしているおしっこ。そのときの私の気持ちは、どう申し上げればよいのでしょう。もらしてしまった、シルヴィアちゃんを先に入れてあげるべきだったのかしら。申し訳ないことをしてしまった。後始末をしてあげなくては。私もしたい。おしっこ。もう、出せているだけで羨ましい。おしっこしたい。助けて、そんな音を聞かせないで。でちゃう。ぽたぽたぽた。スカートの内側から、水が降ってきます。嫌。見せないで。がまん、がまんできなくなっちゃう。えっ。もしかして、いえ、このままで、私が先にお手洗いに入れますか? お世話を、先にしないといけませんよね。私は? おしっこ。おしっこ。まだできない。おしっこ。おしっこ。お手洗いまで来たのに。すぐそこなのに。並んで、待って、できたはずなのに。ああああ。おしっこ。おしっこっ、おしっこぉぉ!
扉が開きます。ミリィちゃんが目を見開きます。
「ごめんね、ごめんね……。」
すぐに、状況を察したのでしょう。あと少し、あと少し早ければ、シルヴィアちゃんは間に合って、私もここで待つだけで済みました。でも、悪気はないでしょう。じゃんけんを勧めたのも、私です。もれちゃう。
じゅうう、ぼとぼとと、水たまりが広がります。私の水門ではなく、シルヴィアちゃんの肩に、手を置きます。私も、もうそれでもいい、出したい。いえ、いけません。がまん、する。がまん。
「シルヴィアちゃん、仕方ないことですから、ね。教会にある着替えを貸してあげますから、それを着て帰りましょう。」
シルヴィアちゃんは小さく頷きました。
すぐそこにある、誰も入っていない、ずっと待ち望んだお手洗いに、扉に手を伸ばしかけて、お預けになり、前で待ち、そこまでしたのに。一滴も、ほんの一滴でさえ出せないまま、背を向け、シルヴィアちゃんの手を引いて、司祭館へ向かいます。ミリィちゃんも、シルヴィアちゃんも、もう、我慢していません。私一人です。私一人だけ。ずるい。羨ましい。やっぱりお手洗いに駆け込みたい。いえ、シルヴィアちゃんの気持ちを思えば、隠し通すしか、ありません。したくない。したくなんてない。がまん。がまん。私は真っすぐに歩けていたのでしょうか。少なくとも、小さな女の子たちから、疑問を持たれることはなかったようです。
司祭館に入り、リビングルームへ通し、ミリィちゃんを座らせます。シルヴィアちゃんを、棚の奥へ連れて行きます。目線を合わせるためにしゃがみます。踵を押し当てます。出ないで。お願いします。主よ、私をお守りください。
「脱ぎましょうね。」
スカートと下着を脱がせます。とても素直です。頭はもう真っ白で、濡れタオルの準備を忘れていました。
「ごめんなさい、濡れタオルを作ってきますね。」
踵を外して……私、こぼさなかったでしょうか。とにかく、なんとか立ち上がり、リビングルームの水差しをタオルにかけ、濡れタオルを作ります。
脚に残る筋。おしっこ。私が今すぐ出したいもの。拭いてあげるたびに、シルヴィアちゃんのおもらしが、私のお腹に注がれるような気持ちになります。私はおかしくなってしまったのでしょうか。ずっと黙っていたシルヴィアちゃんが、突然声を上げました。
「司教様……もう一回、おしっこ……。」
おもらしでしたから、緊張して残っていたのですね。ですが、司祭館には水回りがなく、中庭に戻るしかありません。私も、中庭に戻らなけば、おしっこが、できません。今ここで、噴き出してしまいそうなのに。
「あら、ちょっとだけ待てるかしら……、お手洗いは中庭にしかないの。着替えたら急いで行きましょう。」
「早く、はやく!」
子供向けの下着とスカートを履かせると、シルヴィアちゃんは一目散に駆け出していきました。もちろん、お手洗いへ。この子が済ませて帰るまで、私が行くことのできない、お手洗いへ。突然のシルヴィアちゃんの行動に、ミリィちゃんも追いかけていったようでした。ここには誰もいない。気づけば、私は床に座り込み、ぐいぐいと前を押さえていました。恥ずかし気もなく言えば、おもらし寸前です。今も、おしっこはあふれ出しそうです。ですが、見られていないというそれだけで、天にも昇る心地になりました。周りを見回します。桶が、あります。あれを、潜り込ませれば。ここで。いま。……身体が震えました。ですが、司祭館にあるすべてのものは、村のみなさまからの寄進で、整えたものです。そのように汚すことは……許されないと、思ってしまいました。おしっこ、おしっこしたい。今、幸いにも、押さえられているのだから。我慢すれば、済むことなのだから。そう言い聞かせて、せめて、せめて、もう少しこうしてから、お手洗いへ向かい、すぐに二人を帰し、すぐにお手洗いに入る。もう少し。おしっこ。おしっこ。トイレ。といれ。といれ。トイレトイレトイレ、トイレっ!! 私は手を出口へぎゅうぎゅうと押さえつけ、身体を揺すり、さらさらとローブと床が擦れる音をさせながら、今にも砕けそうな水門を、全身全霊で締め付けていました。
なりふり構わない快楽と、お手洗いに近づかねばならない事実がせめぎあいながらも、意を決して、立ち上がりました。女の子たちが走ってきたときの様子よりも、ひどい有様です。押さえるだけでなく、足は震え、太腿を開くことができず、よちよちと、外へ向かいます。しかし……中庭では、そうはまいりません。女の子たちがいます。遠くからどなたかの目に入るかもしれません。手を離します。背筋を伸ばします。ぢゅーっ。と、音がしました。だめ。がまんできない。締めつけているのに。でも、それだけで、音は終わりました。あと少し。自分に強く言い聞かせて、そっと、歩き出します。もうすぐ。といれ。すぐだから。おしっこ。おしっこ。がまん。でないで。でないで。
ぼんやりと遠くを見ながら、身体を揺らさないよう静かに歩くと、ミリィちゃんが離れの扉を見つめています。そばまで近づいたとき、扉が開きました。もう、誰も待っていません。といれ。といれ。といれ。ずっと、ずっと、ずっと行きたかった。次は私。次は私です。次は私です! おしっこ。でる。でる。おしっこでちゃう。簡単に声をかけて、帰ってもらいましょう。もうお昼時ですから。すぐに。
「二人とも、これからはときどき気にかけて、早めにお手洗いに行くようになさいましょうね。」
「はい。でも、遊んでいたら楽しくてつい忘れちゃって……。」
「よろしいですか。大人だって、我慢しすぎればもれそうになったり、本当にもらしてしまうことだってあります。まだ小さなあなたたちは、しっかり気をつけるくらいでちょうどよいのですよ。」
もう、自分でも何を申し上げているのか、わかりません。言う必要のないことです。ほんの少しでも、私の辛さをわかっていただきたかったのでしょうか。
「えっ! じゃあ、大人なのに、ぎゅうぎゅう押さえちゃうこともあるの?」
「ありますよ。」
今も。押さえたいです。押さえたいです。押さえたいです。おさえないともれちゃう。がまん。がまん。でちゃだめ。でちゃだめ。
「そんなの見たことないけど……。」
「ふつう、そうなってしまう前に済ませますからね。もうお昼ですから、一度お家に帰りましょう。」
「はい、司教様。」
「気をつけてお帰りになってくださいね。」
たたみかけるように、言いました。もう一刻の猶予もありません。いえ、ずっと前からなかったのです。本当に我慢できているのかも、もうわかりません。感覚がありません。けれど、今のところ、二人が私を見て驚く様子はありません。今、私の何かが少しでも緩んだら、この子たちの前で、おしっこ。手を振ってくれます。振り返します。早く。でちゃう。前を向いて。こちらを見ないで。歩き出してくれるだけで、私はおしっこができるんです。シルヴィアちゃんが前を向いて歩き出しました。手が動きかけます。だめ。まだミリィちゃんがこちらを見ています。おしっこ。トイレに行かせて。もう見ないで。トイレに行きたい。トイレ。といれ。目の前なんです。トイレ。トイレ、トイレ。押さえたい。ミリィちゃんが歩き出しました。顔をこちらに向けて、手を振りながら。おしっこ。おしっこでちゃう。ミリィちゃん。あっちを向いて。もう、私、だめ。我慢できない。女の子の足で、顔をこちらに向けながら、ゆっくり、ゆっくりと遠ざかっていきます。にっこりと笑って、手を振ります。おしっこ。じゅう、じゅいいい。まだだめ。がまん。がまん。笑顔。手を振ります。私は、なんともない、たまたま居合わせてお世話をしただけの司祭です。おしっこなんてしたくない。おしっこしたくない。がまんできる。少しずつ、遠ざかります。じょ、じゅいいい、ぼたぼた。おしっこ。まだだめ。ここまで我慢したの。あと少しだから。すぐそこだから。目の前がトイレなのに。ここまで来たのに。ずっと、ずっと、ずっと我慢して、誰よりももれそうで、でも譲ってあげて、着替えさせてあげて、それでも我慢しているんだから。あっち向いて。あっちを向いて。おしっこ。おしっこ。じゅいいい、ぼたぼたぼた。シルヴィアちゃんが一瞬振り向いたかと思えば、今度は二人揃って前を向きました。私は足元に川を描きながら、お手洗いに飛び込みます。もう止まりません。洗い場の床を濡らし、ドアを開けながら水たまりを作り、やっと出会えたお手洗い。わずかに残った理性でローブだけはたくし上げ、あとは本能のまま、まだなみなみとお腹に残るすべてを、下着越しに注ぎ入れました。
不思議と、惨めな気持ちにはなりませんでした。ただただ、隠し通せたこと、誰にも見られなかったこと、それだけに安堵いたしました。お腹が軽くなっていく喜びが、今もこだましておりました。洗い場で下着を洗い、とても履けませんからひとまず隠し、床を流します。外へ出ると、わずかに乾きはじめた水たまりと、太陽を受けて光るできたての水たまりとが、仲良く並んでいます。その大きさは、ほとんど同じくらいに見えました。できたての水たまりからは、扉に向かって点々と、小さな跡も続いています。私は洗い場へ戻り、桶に水を汲み、すべてを洗い流しました。桶を片付け、今度こそ未練なく、お手洗いを後にいたしました。
幸いにも、これほどのことは、この一度きりです。気持ちを落ち着けます。さて、礼拝は終わりましたが、まだすべきことはたくさんあります。ですが、ひとまず、お昼ご飯にいたしましょうか。