水の巫女さまと私
- 水のご加護を賜る教会にて #7 エピローグ
- 私と、麗しい水の巫女との、素敵な日々はこれからも続きます。
昨夕、長旅より半年振りに帰ってまいりました。水の儀式を執り行う教会は、ほかの儀式と比べて不自然なほど少ないのです。もちろん、私はその理由を存じ上げています。祈りの水をいただいて、その秘密を守ることができるであろう司祭は、めったに現れません。現役あるいは退いた水の巫女は、修道者として過ごす者と長く時間をともにすることがあれば、お手洗いがきわめて遠いものがいないかを気にしております。もしも見つかれば、水の巫女への導きに興味がないか声をかけます。水の巫女が珍しいことは知られていますから、多くは興味を持ちます。そのとき、どのように声をかけるべきかは、水の巫女たちに受け継がれております。
「自分が水の巫女になるかもしれないと思い、私の儀式をよく見て、水の巫女のなんたるかを考えてみましょう。そして、できることなら、それに向かって具体的な努力をしてみてください。」
私も、同じように声をかけられた一人です。しかし、ここで水の巫女が持つ秘密に自ら気づける者は、きわめて限られます。祈りの水が加護に変わることは、祈りの水が身体に残らないことであると、どうしても思ってしまうのです。それは、水の巫女誰もが、それだけ気取られることなく振る舞っているという意味でもございます。しばらくは答えを待ちますが、ただ歳を重ねるわけにはまいりません。ほとんどは、見抜くことができないうちにほかの役割を任ぜられ、水の巫女への道は失われます。話が逸れましたが、このような事情から、水の儀式を執り行うところは少ないため、その研究をするには遠出を伴います。
私はしばらく前まで、この村で水の巫女を務めておりました。水の巫女は、類例のない若さで儀式の場から退きます。それはもちろん身体的な負担が大きいからですが、それを知るのは水の巫女のみです。一般には、水は流れるからこそ清らかに保たれるものであり、巫女もそれに倣っている、とだけ伝えられています。私も、今は儀式を執り行わず、水の儀式と他の儀式のかかわりと違いについて歴史的・体系的な理解を目指す神学研究者として過ごしています。水の儀式を行っている遠方へ出向き調査や交流をしたり、その結果を都の中央に報告したり、ときには司祭のみなさまへ講義をしたりと、家を長く離れることが多く大変なものの、満ち足りた日々を送っております。今日からは、この半年の成果を論文にまとめる生活が始まります。ところで……、もちろんどの地方でも、水の巫女が持つ秘密は同じです。その秘密についても、孤独の中にある拠り所として、水の巫女だけが分かち合える本に著したいと思っております。
しかしそれに取り掛かる前に、大切な用事がございます。今日は礼拝の日です。水の巫女は退いたものの、まだ司教としての立場はございますし、同時に一人の信徒でもあります。私が鍛え上げた後任の頑張っている姿を見たいという、親心も持っております。司教でありながら教会に住んでいないというのは不思議なことですが、この村の司祭館は小さいのでやむを得ません。私も研究が主になりましたので、理に適っていると言えばそうでしょう。未だに少し慣れませんが、坂を上って教会を目指します。村にただ一つの教会は、ミリィ司祭が守っていらっしゃいます。若いながらも、品行、信心、熱意、賢明、どれをとっても素晴らしく、村人から厚く信頼されています。私が調べた限りでは初めての、この村で生まれ育った司祭だということも、その評価を後押ししているでしょう。
礼拝堂へ入ります。ミリィ司祭が私を認め、驚きをお見せになった後、笑みを向けてくださいました。戻ったのは昨日でしたから、予めお伝えする機会が持てなかったのです。ミリィ司祭は、お手本のような美しい所作と温かい声色で、今日二度目となる礼拝を執り行われました。説教が終わり、多くの村人が家路に就かれます。みなさま晴れやかなお顔です。主のお導きと、ミリィ司祭のお人柄が成せる業でしょう。さて、相談会が始まります。
「司教様、お久しぶりです。もう見慣れましたけど、それでも不思議な感じがしますねえ。司教様がミリィちゃん……、いえ、司祭様に相談することなんて、あるもんですか。」
「司祭様にご相談申し上げるとともに、主に告解する、そういう時間でもあるのですから。それに、私も未熟な身でございますので。」
「いやあ、頭が下がります……それで、今回も最後がよろしいんで?」
「はい、みなさまがよろしければ。」
「ミ……司祭様が子供だった頃といい、最後なんて待たされるだけなのに、司教様はお忙しいでしょう?」
「勝手なことを申しますが、最後の方が落ち着けるのです。」
「んー、やっぱり教会に入られる人は似てるもんですねえ。」
今日は私を含めて七人です。ミリィ司祭、応援していますよ。
さて、いよいよ私の順番となりました。相談会の前、最後が私であることもご覧になっているご様子でした。ドアをノックいたしましょう。
「どうぞ、お入りください。」
「失礼いたします。」
「メリル様、お帰りなさいませ!」
「今回も長くなってしまいました。」
「調査でおわかりになったこと、ぜひ私にもお聞かせくださいね。」
ミリィさんは満面の笑みで話しかけてくださいます。もう余裕などなく、頭から足先まであの感覚でいっぱいのはずですが、とてもそうは見えません。
「はい、もちろん。ミリィさんは、相変わらず優秀な水の巫女として務めていらっしゃるようですね。」
「ありがとうございます。」
「ミリィさんは、この間何かございませんでしたか。」
「実は……まだ若すぎますが、いつか、声をかけてもいいかなと思う子がいました。主の教えに強い意欲を持って学びますし、そして……いろいろな場面を見て確信しましたが、人前で決してお手洗いに立たないのです。恥ずかしがっているのだろうと思います。」
「それは……確かに有望かもしれませんね。」
私はしばらくの間、半年間にあった村の出来事を尋ね続けました。
「メリル様、意地悪なさっていらっしゃいますね……?」
「あら、何のことでしょうか?」
「こんな、こんなに、長い時間、もう、もう……!」
気づけば、三十分以上も話してしまいました。ミリィさんは、少し変わった喜びも感じることのできる方でいらっしゃいますが、いくらなんでも、かわいそうなことをしたかもしれません。私も、この場で大変な目に遭っていただきたいわけではありません。立ち上がり、お辞儀をいたします。
「村の近況が手に取るようにわかりました、ありがとうございました。」
ミリィさんはそれを合図に、ミリィちゃんだったあの日のように、前を押さえて身体を揺すります。
「あ、あ、あぁぁ……。」
「あらあら、ミリィさん。あとは、歩くだけですよ。一緒に行きましょうか。」
それこそ、なみなみと入ったコップを持っていらっしゃるかのように、そっとミリィさんが立ち上がります。わかりますよ。私もしばらく前まで、そうだったのですから。
「ちょっと、意地悪しすぎてしまいましたね。」
「あ、は、はやく、はやく……。」
どうやって先ほどまでの振る舞いを保っていらっしゃったのかわからないほど、ミリィさんは弱々しく歩みを進めます。もう、今にも噴き出しそうなのでしょう。押さえられるようになったから楽かというと、それはまた、違うのです。さすがに、お話ししすぎましたね。元気づけて差し上げることにいたしましょう。
「お詫びに、来週の礼拝では、私も飲んで、相談会に並んであげますから。後の儀式に出て、その分のお水は前後で飲んでおきますね。」
「ほ、ほんとうです、かっ、やくそく、んっ、あぁっ……。」
「はい、約束いたしますよ。あと少しですから、頑張ってください……!」
ミリィさんが手を離し、背筋を伸ばして、扉に手をかけます。後は中庭まで歩くだけです。応援していますからね。
水の儀式を研究していると、自分で執り行っていた日々が恋しくなることもございます。ミリィさんは、私を信じて心の内を打ち明けてくださいました。それに、先代として後任のお手本にもならねばなりません。ときどき、この教会では、礼拝の後、みなさまが慕う若き水の巫女と、今はミリィさんお一人のためだけにいる水の巫女が、ともに狂おしい欲求を隠したまま、司祭館でゆっくりとお話をするのです。告解室のままでは、どなたかが訪ねていらしたら大変ですからね。……お手洗いが一つしかないのに、最後の最後、順番を待てるのか、ですか? そんな恥ずかしいこと、申し上げられないに決まっているではありませんか。